よしみ 第2話

連続ブログ小説
よしみ

第2話 カーニバル・イン・ザ・カー


 ドン、ドン、トコトン、ツントコ、ドン、ドン。
 大変だ!大変だ!
 わっしょい!わっしょい!

 お祭りである。
 活気につられて集まった、通りを埋め尽くす見物客をかきわけて、踊る女や神輿を担ぐふんどし男たちが練り歩いている。
 野太い声で、

 わっしょい!わっしょい!
 大変だったら大変だ!

 揺れる神輿と軽快なおはやしで、見物人たちも踊りだす。

 ドン、ドン、トコトン、ツントコ、ドン、ドン。

 * * * * * *

 天童八万十(やまと)はタクシーに乗っている。サイドウインドから街の夜景を静かに眺めているが彼だが、数分前、父のピンチの知らせを受けて、頭の中はお祭騒ぎであった。
 父・ゴッブが南半球にいる家族全員にリンチされているというのだ。父は不死身の鉄人だが、南半球にいる家族といえば数万人にものぼるので、さすがにやばい。
 先ほどまで彼は、彼がマネージャーを務めている新人アイドルのコンサートで立浜やまかがしホールにいたのだが、知らせを受けて今タクシーで空港に向かっているところである。
 タクシーの運転手は、ぴっちり七三ヘアーでスーツ姿の八万十を見て「海外出張ですか?仕事とはいえうらやましいねー、ういうい」と、ふざけた感じ(なにせふぐの剥製みたいな顔だ)で話かけたが、脳内で大変祭りを開催中の八万十の耳には入らない。
「うらやましいねーってば!」
 聞こえてなかったと思った運転手は、もう一度話しかけた。
「・・・・・・(わっしょい!わっしょい!)」
 また無反応だ。
 よほど喋り好きなのか、運転手はしつこく話しかける。
「ねーってば!」
 もう何が言いたいのかわからなくなっているが、意地になって声をかける。
 しかし、そもそも話が聞こえてない八万十は、そんなことは気にも止まらずやっぱり無反応だ。
(大変だ!大変だ!わーっしょい!わーっしょい!ドンドン!ドドン!)
 八万十の脳内の祭りはさらに盛り上がりを見せる。じっと夜景を眺める彼の頬を汗がつたう。
 もう話をするのを諦めた運転手が「なんだよ、ちぇっ」みたいな顔でタクシーを走らせていると、背後から、
「・・・・・・しょい・・・・・・わっしょい・・・・・・」
 という声がかすかに聞こえた。後部座席の八万十がつぶやいているのだ。
「へっ?」
 怪訝に思って運転手はそんな声を上げる。
「・・・・・・たい・・・だ・・・・・・たいへ・・・だ・・・・・・」
 まただ。
(なんか気味がわるいなあ・・・)
 と運転手が引いていると、
「わっしょい・・・・・・わっしょい・・・・・・」
 さっきより声が大きくなった。少しずつ大きくなっている。少しずつ少しずつ声は大きくなっていって、ついには、
「わあーっしょい!!うわあーっっしょい!!たったっ大変だっ!大変だっ!」
 と全力で声を張り上げはじめた。
「な、なんだあ?」
 こわくなってきている運転手。
 八万十に声を出している自覚はない。
 脳内を舞台に催されているお祭の盛り上がりが臨界を超え、現世に漏れ出してきているのだった!
 それだけ、八万十は父のピンチに取り乱しているのである。
「うわあーっっしょいッ!!ぅうわあーっっしょいッ!!ドン!ドコ!ドンドン!ドコドンドンッ!」
 脳内祭はだだ漏れだ。しまいには狭い車内で手足を振り回して踊り出した。
 しかし八万十には自覚はない。
「えー!ちょっと!あっ、あぶないって!!やめてください!やめて!」
 運転手は、もはや運命にやつあたりするしかない心境だ。
 しかし、八万十は、今の気持ちを頭の中だけ処理しようとすれば精神がどうにかなってしまうため、こうして全身で放出してやるしかないのだ。そういうクセなのだ。
「ドドンッ!!ドンッ!ドンッ!ドンドコッ!ドンドンッッ!!」
「ひいいいいい!」

 夜のハイウェイを、中から天井や窓やシートや運転手を殴る蹴るされてふらつくタクシーが間近に見える空港に向かって走り、ほどなく到着した。
 八万十を降ろしたタクシーは、逃げるようにそそくさと去っていった。
「お金まだ払ってないのに・・・」
 自覚がないながらも車内で散々暴れて多少気持ちが落ち着いた八万十は、いいのかなーという気持ちでタクシーを見送ると、空港へ入っていった。
「まあいいか。もうけもうけ。うふふ」


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