ウェイクアップ!

~ ぼくとパンと人間たち ~

第二回 ● 田島タカフミ 『ウェイク・アップ!』


「ほな、バイナラ」
田島タカフミ(26歳・元ネジ製造業)が仕事おわりに、特殊警棒を片手にぶらさげて言うお決まりのせりふだ。
田島はネジの設計開発をするかたわら、夕方からのオフは西日を追いかけていた。
倉敷の街並みと空気は夕日がきれいにみえる。どす黒い特殊警棒も、どこか懐かしい駄菓子の類のように見えた。
ある日、田島が寝坊をしたときのことだ。焦った田島は友である特殊警棒を家に忘れて出てきてしまった。
「あれは俺の体の一部だっつーの!」
そう語る田島が、遅刻確定より友を迎えに家に一旦帰ることを選んだのは不思議なことではない。
しかし、そんなときに限って通り雨にあい、ぬかるんだ地面に足を取られて転んでしまったという。
「自分の行動をうらんだかって? てめえ、みくびんじゃねえよ。(警棒を示して)ダチを置き去りにするくらいなら、あの世でステッカーの押し売りしてるほうがマシだぜ!」
白いハイネックも自慢のボンタンも金のネックレスもどろどろで出社した彼は、上司にこっぴどく怒られた。
長い説教がヒートアップして、特殊警棒を取り上げられそうになったときに田島のがまんは限界を迎えた。
「さすがにナックルかますのはロレックスをこぶしに巻きつけたところで思いとどまったけどよ、その場で、やめてやるっつって、会社でていってやったぜ」

ちょっと早めのオフで、田島は暮れゆく太陽をゆっくり追いかけた。
どろどろのハイネックセーターの腕に抱かれた特殊警棒はそのときいつもと違う輝きを放っていたという。
気がつくと特殊警棒は、まるで田島の愛情にこたえるかのように、腕の中でパンになっていた。
夕暮れが生んだ新しい姿の友に、会社をやめたばかりの彼は脳裏に新しい何かへの目覚めを覚えた。

その体験をもとに、脱サラしてパン屋をはじめた田島が開発したパンこそ、『ウェイクアップ!』であった。
特殊警棒をモチーフにしたそのパンは伸縮自在で、収納時はパン生地が幾重にも重なった食感豊かなデニッシュパン、伸ばしたときは薄い生地にクリームたっぷりのロングシューロールというふたつの表情が楽しめる。
「警棒はよ、のばして叩くだけじゃねえんだよ。たたんで投げつけてもキクし、ひもつけてぶん回しゃあ音が鳴って、谷に迷い込んだムシを誘導することだってできるしよ」
そう語る田島の今の目標は、特殊警棒から生まれたこのパンの様々な味の表情を世界中の人々に知ってもらうことだという。
たやすい目標ではないことは本人も承知の上だ。しかし困難な道をいくことになろうとも、田島には頼もしい道連れがいる。愛用の特殊警棒――彼の親友が。

「ほな、バイナラ」
取材を終えた田島は、特殊警棒をパンに持ち替えて、今日も小麦粉にヤキを入れるのだろう。


彼が去ったあと、実際に食べてみた。
ぱくっ。
もぐもぐもぐ…
もぐもぐもぐ…

ぺっっ!!



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