メッシ

王道のすごみを見せられると、

斜に構えてた自分が単に

正攻法でかなわないから

逃げてただけなんじゃないか

という思いにかられてへこむ。

でもなんか嬉しくもある。

カフェのバイトで、

今日は別の地域の店舗へヘルプに行った。

そこの店長さんがリュウコクさんという女性なのだけど、

背の高い美人です。

それは知ってた。

あそこの店舗の店長、めっちゃきれいだって噂は

風に聴いていた。

元モデルなんだと。

通常うちのバイトは、他店へのヘルプはめったにしない。

どっか人手が少なくても

そこの人でなんとか回す。

でもこの店舗はある事情により例外で、

この2カ月で今日が4回目のヘルプだ。

多いんですよ。

そう、で、

さっきの噂、知ってたから、

ぼくは周囲に

「ヘルプめんどいよなあ」

「シンゴくんばっかり災難やな」

とか言われつつ、

ヘルプのある日のことを

リュウコクチャンスと呼んで、うきうきだった。

でも前3回はチャンス失敗。はずれ。

はずれというのもアレだけど。

今日の4回目。

事情によりこの店舗へのヘルプは今日が最後なのだけど、

最終回に至って、

チャンス大当たり!

今日はシフトの最初から終りまで

リュウコクさんとかぶっていた。

はじめましてですね。

はじめまして今日はよろしくお願いします。です。

年は40代と聞いていたのですが、

30代にしか見えん。

あいさつのときの笑顔が自然すぎる。

さすが元モデル。

ちょっとあいさつがてら喋った感じ、

ものすごくしっかりした感じの人で、

ものごしもしゃんとしていて、

接客の感じも親切丁寧迅速かつ

笑顔を絶やさない。

かつ、ヘルプで出向いてるぼくへの

気づかいも怠らない。

「おなかすいたら言いや」

失敗して謝っても、

「ええよ、かまへんよ」とにっこり。

うわ、ちゃんとしてるなあ。大人だなあ。

と思った。徹してるなあ。

ああ、先に書いとくべきでしたが

今日うかれてます。自慢したい。

スタイルが良く、

ソフトクリーム姿がとても様になってるんだ。

ソフトクリームを精製する機械を前にして

片足で足下の動作ペダルをふみつつ

やや腰を落としてコーンを

ソフトクリームのでてくる穴で構える。

「KILLBILL」のユマ・サーマンばりに似合ってる。

まあ基本的には喜んでた。ぼくは。

明るく、表情豊かな人と喋るのは楽しい。

接客業ではなく会社勤めだったとしたら

間違いなくやり手キャリアウーマンになってるであろう

こんな女性と接することは、

なんか気がひきしまるし、いいことだ。

ただ、リュウコクさんと働けてラッキーと思うのと同時に、

けっこう緊張した。

自分がうぶいとっちゃんぼうやだということを

忘れていた。

それもあるけど、

過去のトラウマが影響してるかもしれない。

営業やってたころに、

新規開拓で新しく取引してもらえるかどうかが

決まる商談にひとりで赴いた。

その相手の会社に行くのはそれが3度目くらいだったんだけど、

担当の人がこれでもかってくらいきれいな女性で、

これまた楽しみだった。

まあ緊張して雑談のひとつもまともにできないんだけど。

で、その、今後の取引にとって重要な商談の

アポ取ってある時間に、

ぼくは1時間も遅刻してしまったのだ。

何度「もう10分で着きますので!」って

電話をしたことだろう。

最初は相手も、営業用の明るい声で

「いえ、大丈夫ですよ。お待ちしてます。

 お気をつけて」

って感じだったけど、

遅刻が30分を過ぎたあたりの電話では、

こっちの弁明というか懇願に対して

「……はい……はい……」

と、完全に仕事OFFのトーンで返事をするだけに

なっていた。

こわすぎる。営業用の声音とのギャップがおそろしい。

やっと相手の会社の商談ブースに到着したときには、

ぼくはいろんな意味で汗みずくだった。

とにかく平謝りのぼくに、

担当の女性は当然厳しい顔つきで、

「この話はなかったことにしてください」

と宣告。

土下座して許されるなら喜んで土下座するくらいの

心境だったけど、

それでどうこうなるわけでもなく、

「今後ぜったいにこんなことはないようにしますので!」

って言っても、

「ええ、そうでしょうね。

 でもこの1回の大切な商談に遅れるようなら

 取引先として信用することはできません。

 これは、仕事なんですよ」

それからしばらくは

この担当の女性の整った顔が頭によぎるだけで、

頭かかえて悶絶。

その会社の近くを通って会社の看板を目にするだけで、

なにか苦いものがこみ上げるありさまでしたから、

どっかでその記憶を思い起こさせたリュウコクさんに

ちょっと及び腰になったのでしょうとか

そのへんのことはどうでもいいのですが、

なんかちゃんとしなきゃな、と思った。

リュウコクさんはぼくが普段いっしょに働いてる

バイト、パートさんとはどっか違う。

もちろん皆ちゃんとしてるし、

尊敬できる大人の方もいるんだけど。

なんというか隙がない。

仕事ぶりに、妥協がない。

めんどくさい、仕方ない、

こんなもんでいいだろう、

とかそういう、楽をしたがる人間的な性質が

一切見られなかった。

仕事のスイッチの切り替えを完璧に行えてる感じ。

これは年上のパートさんにも他の社員さんにも

見られなかった。

利己心がなく、お客さんに対して

従業員に対して無償の気づかいをしてるっていうか。

だから、かえってぼくは心に痛む部分があった。

ぼくは自分のことばっかりだ。

仕事に関しても、なんにしても。

どうやったらこの人みたいな空気を

身につけられるんだろう。

どうやったらここまで気持ちのスイッチを

制御できるんだろう。

ぼくが今日ヘルプで働いた最初から最後まで、

ちょっとしたことでも気づかってくれて、

ぼくの言うしょうもない一言にも

満面の笑顔。

それがその人の自然な人柄なのかもしれないけど、

そうだとしても、なんか、

打ちのめされた。楽しさ半分ですが。

リュウコクさんのようになりたいとか

思うわけじゃないけど、

まあなれないし、そういうタイプじゃないし、

でもあの利他的なところ、自分を二の次に置いてる感じは、

すげえー、と思った。

滅私。

ナマ禅僧はみたことないけど、

実際にぼくが今まで見た人の中では

滅私度いちばん高かったと思う。

マラドーナも大満足に違いない。

それはともかく、

なんか就活への意欲が高まった。

リュウコクさんのような、

常にどこかによりかかってる感じのぼくみたいでない

自立した雰囲気と、他を第一にできる器の大きさは、

自分ではなく何かのために仕事をがんばることで

少しは身に着くんじゃないだろうか、という気がする。

リュウコクチャンスのプライズは、

思っていたよりもずっとぼくにとって

価値のあるものだった。

つまり、こんな長々と書いてしまうくらい

うかれてるということです。

そういう人と働いたんですよ、いいでしょう。