ロケットパンチが撃てるだけ

 履歴書の特技欄に「ロケットパンチ」と書いたらバイトの面接落とされた。

 面接担当の人が履歴書を見て、

「このロケットパンチっていうのは?」

 と訊くので俺は実演して見せた。もちろん普通に撃ったら壁にぶつかって手の骨が折れるので、ロケットパンチ(手と、手首から20cmくらいの部位)と腕とはゴムバンドで繋げてある。

「こうして」構える。「こうです」

 どしゅっ――

 びょん――

 パンチが飛んで、ゴムの反動で戻って来る。

 ぱしっ――

 慣れたもので、戻って来たパンチを空中でダイレクトキャッチする。

「一応まあ」パンチを腕に戻す。「これだけなんですけど」

「……」

 黙る面接官。

「あの……」

「いやー……はじめた見た」

「まあその、大したアレじゃないんで、特技って言っていいか微妙なんですけど」

 と謙遜してみる。

「うーん。はあー……」

 天を仰ぐ担当者。

「あの……」

「ちょっと待ってね。一旦落ちつくから。今ちょっと普通に話せないから」

「あ、はい。スマセン」

 なんとなく頭を下げる。

 言う通り少し待ってから、何事もなかったように面接を続けた。

「じゃあ合格の場合のみ、一週間以内に電話するから」

 電話はかからなかった。落ちた。

 おそらくロケットパンチのせいだろう。特技の話から面接担当者の様子が変わったものなあ。

 次からは履歴書に書かないようにしよう。

 といって特技の欄に書くことなんて他にないのだが。

 ロケットパンチ

 面接のときは謙遜したものの、こんなに特技らしい特技はないだろう。こんなに特別な必殺技ないだろう。特技の欄に書いてインパクト与えるくらいしか使い道ないだろう。

 ……ちなみに言っておくと、俺は100%生肉の人間だ。

 ロケットパンチは男の子の憧れである。

 悪者が最も恐れる武器である。

 ロケットパンチは正義の象徴である。

 だが俺の正義を決めるのは俺である。そのはずである。

 ロケットパンチは一応俺の意思で自由に発射することができるのだが、しかし――


 昼下がり。

 お金をおろしに近所のコンビニに向かった。

 するとコンビニの前に高校生らしきガキどもがたむろしていた。ちなみに俺は20歳の大人である。

 俺は争いごとは好まない。積極的に避けていきたい。薄っぺらな善意は損にしかならない。普通の感覚だと思う。

 正義感が無くはないので、自分ちの半径10kmより外だったら発揮してもいいかな。

 とりあえず自分からケンカを吹っ掛けるようなことはしない。

 まあコンビニの前でたむろしている少年達も昔の不良じゃあるまいし、少しちょっかい掛けられたからといっていちいち突っかかって来ることは無いだろう。少しのちょっかいなら。

「あの、すみません、あの」

 とはいえガラが良いとは言えないその少年達に対してか細い声を上げるのは、コンビニの女性店員だった。彼らがゴミ箱の前で座り込んでいるので、ゴミ袋の交換が出来ないようだ。

 俺は少しだけイヤな気分になりつつも、無視して入口へとすたすた歩いた。

「あ、あの……」

 おどおどして困り果てる店員。

「なに? オネエチャンおれらと喋りたいの?」

「なあ、このヒトおれらと仲良くなりたいんじゃん?」

「え? え? おれらに興味ある感じ?」

 少年達が同じような意味のことを違う言い方でほぼ同時に言う。類は友を呼ぶと言うが、呼ぶ友の精度ハンパないなと思った。

「えっ、えっ、あの、すみません……」

 俺は関わりたくないので、少年達と女性店員の横を素通りする。

「ううう……」

 店員は諦めたようで店内に戻ろうと踵を返した。ちょうど自動ドアのところで俺とぶつかりそうになったので、彼女は顔を上げて、

「あ……すいません……」

 と言った。

 伏し目がちだったが彼女の表情が少し見えた。

 くちびるを噛んで目にうすく涙をためていた。頬が紅潮している。悔しさが抑えきれないという感じだった。

 かわいそうになあ。対して時給も高くないだろうになあ。まあこういうこと珍しくないだろうししょうがないよなあ。

 心は痛むが気にしないように努める。

 俺は自動ドアを通り足ふきマットを踏み店内奥のATMへと歩みを進めた。

 つもりだった。

 意識の上では。脳が足へ送るパルスの上では。

 実際には俺はまだ店の外にいた。立ち止っていた。

 泣き顔の女性店員が通ったあと、自動ドアが俺を残して閉まる。

 まただ、と思った。

 またこいつは。

 俺の意思はATMでお金を下ろすことなのだが、別の意思が俺を外に留まらせた。

 別の意思。

 別の意思が俺の身体をたむろする少年達に向けた。

 別の意思が俺の足を肩幅に開かせ中腰の姿勢を取らせた。

 別の意思が俺の左腕を掲げさせ、その手を拳のかたちに固め少年達に向けた。

 別の意思が掲げた左腕に右手を添えさせた。

「おい」

「あ?」

「お?」

 少年達がこちらを向く。

 別の意思が俺に、

「ロケェーーーーッット・パアアァァァァーーンチ!!!!」

 と叫ばせた。

「は? 何こ」

 と言いかけた少年の顔面にロケットパンチが炸裂した。

 びょんっ――

 ぱしっ――

 戻って来たパンチを空中でダイレクトキャッチして俺は踵を返しダッシュでコンビニから離れた。

「痛えー! うわ血、鼻血!」

「てめこらまてこら」

「あれいま手が飛んあれ」

 色めきたつ少年達。だがまだ混乱している。追ってきても逃げ切れそうだ。

 俺は走りながら一瞬振り返ってそう判断した。

 ふと自動ドアの向こうの女性店員が目に入る。

「げっ」

 思わず声にでた。

 こっちを見ていた。今の見られた? そりゃそうか、叫んだものなあ。

 しばらくあのコンビニ行けないな。

 俺は走って路地をいくつか曲がったところで立ち止った。呼吸を整える。

 しばらくして、少年達が追ってきてないか確認しながらゆっくり帰宅した。

 ロケットパンチには意思がある。

 ときに脳や脊椎から身体への命令権を奪う。

 ロケットパンチは正義の象徴である。

 俺の正義を勝手に決めつけて、俺の意思とは関係なく、俺の身体で勝手に正義を遂行する。

 迷惑極まりなく、やっぱり履歴書の特技欄に書いてインパクトを与える意外に使い道が思いつかない。

   つづく?