『象られた力』

象られた力
象られた力
飛 浩隆

SF作家・飛浩隆の短編集。
収録作品:
 「デュオ」
  「呪界のほとり」
   「夜と泥の」
    「象られた力」

本屋でふと見かけた「第36回 星雲賞受賞(日本短編部門)」のオビに惹かれて買った文庫本です(他にも「ベストSF2004国内 篇第1位」、「第26回 日本SF大賞受賞」だそうです。おおー)。

この短編集『象られた力』(かたどられたちから、と読みます)の発売日は04年なのに、収録作品の初出は85年から92年。それ以降に発表された短編作品はないので、最新の短編が書かれてから10年以上経っての書籍化ということになります。
それにあたって、表題作は大幅に、というかほとんど別物っていうくらい手が加えられてます。
あと、02年に、著者初の長編『グラン・ヴァカンス〈廃園の天使?〉』を発表したこともあって、『象られた力』の巻末の解説には「『伝説』からの帰還」と書かいてありました。
92年を境に沈黙しても、ずっと知る人ぞ知る作家でありつづけて「伝説」になるくらい、過去の作品は魅力的だったということです。っていうようなことが解説に書いてありました。

肩書きや他人の評価はこのへんにしておいて、ぼくの感想です。すごく雑な。

「デュオ」
双子の天才ピアニスト・グラフェナウアーズをめぐる、ミステリー&音楽SF。
音楽の描写がすごかった。いやー、すごかった。ぼくはクラシックはさっぱりなので、たぶん実際に聴くより、聴いた気になれたんじゃないかと思います。
で、印象的だったのは、音楽の描写です。さっきも書きましたけど。
歌vsピアノ、ピアノvs調律の異種格闘技!みたいに、プロフェッショナル同士のものすごい緻密な駆け引きが、華麗なバトルとなって、熱い!
あと、この作品はミステリーなので、謎解きもおもしろいですよ。でも一風変わってます。音楽づくしです。

「呪界のほとり」
普通の世界の法則とかが通用しない呪界を旅する、万丈というアウトローな名前の男の物語です。
この万丈は、かつてマッドサイエンティストに“モラル・マルチプレックス"という思考システム(出会った相手に合わせてシステムが自動的に彼の知識・体験を並べ替える)を催眠法で学習させられていて、そのおかげで「文化人類学的お人よし」になってしまった、という設定です。この設定が良いです。
(感想になってないですね)

「夜と泥の」
異星のとある泥沢地で繰り広げられる、自然界の闘争がとにかく圧巻です。
沼に生息する無数の生物の鳴き声、羽音、におい、うごめきが、五感にうったえる立体的な描写で描かれていて、その臨場感ったらないのでそれだけでもすごいんですけど、主人公が知覚を鋭敏化するテクノロジーを使用しているため、匂いで視て、目で聴くことができるようになってて、そんな超感覚がもたらす未知のビジョンすら鮮やかに描き出す作者の筆力にびっくりです。こんなこともできるのか!って。小説ならではの表現です。
ストーリーも、「沼に立つ少女」の正体や、その経緯とか、良いです。好き。

「象られた力」
この短編集の収録作のなかで、一番長くて一番おもしろかった作品です。
めちゃくちゃ緻密。読み進めながら、書いてない部分でも同時に何かが起こっているということを感じました。前半、丁寧に用意された要素が、終盤で結実して、地盤が根こそぎひっくり返ってしまう感じが痛快。
さすが、書籍化にあたって、ほぼ別物になるぐらい手を加えただけのことはあるなあ、と、この作品を半分も読み解けてないくせに思いました。
でも半分も読み解けてなくても、おもしろかった!


なんか、物語よりも、描写のすごさばっかりの感想になってますけど、それは物語の魅力がイマイチだったんじゃなくて、ぼくが感想書くのヘタクソってだけなので、誤解なきよう。
この『象られた力』で味をしめて、飛浩隆の初長編作品『グラン・ヴァカンス〈廃園の天使?〉』と、先月(11月)に発売された『ラギッド・ガール〈廃園の天使?〉』も読みましたし、先日、飛浩隆日本SF大賞受賞記念特集が掲載されてる『SFJapan』2006年春号を書店で取り寄せてもらって買いましたし、ハマってるわあー。
そのうち、それぞれの作品の感想も書きたいと思います。

ところでですけど、飛浩隆氏のブログもおもしろいですよ。
例えば、『象られた力』の日本SF大賞受賞謝恩企画として、「象られた力」の書籍化にあたっての大幅改稿の際に担当編集者と交わされた無数の打ち合わせメールの一部が公開されてます(超がつくほどネタばれしてますけど)。プロの作家と編集者の、常人には推し量ることができない緻密なやりとりに、プロの凄みを感じることができます。
他にも、自著のメイキングっぽいことや裏話もありますし、映画・小説のレビューも素人とは違うプロ作家ならではの深い洞察がされていて、興味がそそられますよ。