「よしみ」習作1

練習です。絵的なダイナミックさをがんばってみました。


【連続ブログ小説 よしみ】習作

Scene.??? / No.01 

 上空10,000メートルの凍てつく空。不死身の鉄人・ゴッブは超音速で巡航中だった。
 赤銅色の肌に真っ赤な道衣。長い黒髪は、髪というより獅子のたてがみと表現した方が適切である。
 彼は科学の粋を集めた最新鋭の航空機が出し得る速度に、その身ひとつで達していた。圧倒的なパワーで重力や空気抵抗に脅しをかけているのだ。
 眼下に広がる大海原やその先の島々、街、山脈も、眼前を埋め尽くす雲の群れも、その全てを超音速で後方にぶっとばしながら、進む。
 だが、ひとつだけ前に居続けるものがあった。大きな雲を突き抜けた先、遥か前方に黒い点が見えた。
 ゴッブはさらに速度を上げ、それとの距離を詰める。黒い点にしか見えなかったそれはどんどん大きくなっていき、目前まで迫ったときには全高300メートルにもなるとてつもなく巨大な漆黒の物体になっていた。
 それは世界最大の人型巨大兵器《リーサルウェポン4》であった。ゴッブと同じく超音速巡航体勢の巨体は、彼から見て足の裏だけで視界の半分が埋まる程である。人というより建物のような体型の圧倒的な漆黒の巨大兵器。青と白の大空に、その威容は際立った。ちなみにデコボコ刑事コンビが暴れまわるアメリカ映画とは関係ない。
 ゴッブは《リーサルウェポン4》に接触するためさらに接近しようと、もう一段階速度を上げようとした。その瞬間――
 バシュウッ!
《リーサルウェポン4》の全身に内蔵された三百七十二の姿勢制御用ブースターが同時に火を噴き、その推力を受け300メートルの巨体が急転回、後方から迫るゴッブに正面きって立ちふさがった。
 ゴッブも合わせて急制動する。
 ゴウゴゴゴゴオオオォォォォォ――
 超音速巡航によって先ほどまで脱落していた音がもどった。耳元で荒れ狂う高度10,000メートルの乱風。そして巨大兵器の工場のような駆動音。
 ゴ、ゴ、ゴ、ゴゴ、ゴ、ゴゴゴ、ゴゴォォ――
 遮るものの何もない空。2メートル足らずの人間と、300メートルの人型巨大兵器が対峙する。
 先に動いたのは《リーサルウェポン4》だった。鉄巨人は全身に七百二十八門あるミサイル発射口を、がこここんっ、と一斉に開き七百二十八発のミサイルを放った。《リーサルウェポン4》を中心に全方位に向けて燃料を燃やしながらミサイルの大群が飛ぶ。そして放たれたミサイルは全て多弾頭弾で、七百二十八発のミサイルは途中で拡散し、五千八百二十四になった。その全てが空中に白い軌跡を残しながらひとりの人間目がけて殺到。それは、全世界合同の大式典、見える限りの空を彩る幾千の飛行機が織りなす冗談のような航空ショー。そんな光景だった。
 ゴッブは再び、一気に超音速巡航に移行し、《リーサルウェポン4》を軸に大きな弧を描く軌道をとる。追いすがる五千八百二十四のミサイルはゴッブを殲滅せんと次々に弾頭を爆発させ、成形炸薬が生み出す火球が鈴なりになって襲い掛かる。ゴッブは紙一重の動きで直撃を避けつつ旋回飛行。追いすがる火球たちが燃えるオレンジの尾をひいた。
 その間も鉄巨人の七百二十八門の発射口は次々と多弾頭ミサイルを吐き出し続け、数万からなるミサイルの大群が、ゴッブを追って《リーサルウェポン4》の周囲を大旋回。吐き出す同数の白煙の軌跡が、彼らのいる空間に巨大な繭を作った。
《リーサルウェポン4》は全身に一万二千五百六十四門あるレーザー砲の発射口をぱかぱかかかかかっ、と一斉に開く。ミサイルをかわしながら航行するゴッブの移動先を火器管制システムが一万二千五百六十四通り予測し、一万二千五百六十四本の真っ赤なレーザーを照射。レーザーの豪雨は常に予測位置を更新しながらゴッブに降り注いだ。
 ゴッブは小刻みなフェイントや、不規則な可減速を織り交ぜながら飛行。ミサイルをかわしつつ、同時にレーザーのそのことごとくをかわす。《リーサルウェポン4》の圧縮レーザーは、対象を溶解する温度にわずか0.0014秒で達するが、その一瞬を待たずに焦点を外される。兵器のシステムには生身で超音速飛行する相手など想定されてはいないが、それにしてもゴッブの機動は異常だった。
 ゴッブを仕留めんと炸裂するミサイルの火球のオレンジ、空を切り裂く一万二千五百六十四本のレーザーの豪雨の赤、それらが白煙の繭の内面に投射され、うごめき明滅する火の色がその空間を地獄の溶鉱炉のごとき光景に変えた。

「ぜんっぜん当たらん……」
人型巨大兵器《リーサルウェポン4》の専属パイロット・ミグ=ヨシアは、コックピットの中で歯噛みした。
“こちらOGBF本部カミオ准将。ヨシア少佐、応答せよ”
 通信が入る。どんな戦況でもけっして慌てない豪胆の指揮官。その岩のような顔が、声だけで脳裡に浮かんだ。
「こちらミグ=ヨシア」
“苦戦しているな、ヨシア君。その有様、大阪の上本町出身というだけで《リーサルウェポン4》のパイロットに抜擢されたというだけのことはある”
「准将。自分は中崎町の出身です」
“わかっておる。冗談だ。……ヨシア君、アレを使う許可をだそう”
「アレってアレですか? いいのですか、准将」
資金のことなら気にするな。そもそも君がさっきから垂れ流しているミサイルは、現在二十三万七千七百十八発で、一発で約三千三百十六万マドカだから占めて七兆八千八百二十七億二千八百八十八万マドカにもなるが、それは君の気にすることではないよ。……と言ってる間に二十四万発目だ。これで占めて七兆九千五百八十四億――”
「も、もういいです!」
“君は気にしないでいいからね。とにかくアレを使いたまえ”
「了解」
 ヨシアは、ディスプレイに映されるゴッブの映像をにらんだ。映像は頭部メインカメラから送られてくる。
 そして「アレ」の作動スイッチを押した。
『リーサル単行本』、カミオ准将が名づけた「アレ」の名称である。

 レーザーとミサイルによる攻撃は継続。漆黒の鉄巨人の左前腕内側から、分厚い鉄の板が縦にせり出した。前腕の3分の2ほどの長さの長方形の板。黒光りする鉄板は前腕から手の平へスライドし、指が鉄板の下端を掴むと、それは中心から割れ本のように開いた。『リーサル単行本』と呼ばれるその兵器は、八百四十七ページからなる長編だ。
 鉄巨人の手の中で、本の全ページが等間隔で開きかまぼこ状になると、1ページ目にびっしりと方眼状の亀裂が走った。ページの端から方眼1マス分の紙片が分離。次いで布から糸がほつれるほうに、次々と四角い紙片がページから離れていく。約1メートル四方の正方形の特殊合金製紙片は、縁が薄さ0.3ミクロンのブレードになっており、回転しながら自律飛行し目標を切断する。
 1ページ目、0.8秒で分解。次ページ以降も高速で分解が進み、無数の紙片がほつれ飛んでいく。紙片は、分離した端からゴッブに殺到するもの、迂回してタイミングをずらして飛来するもの、速いもの、遅いものと様々な軌道。1ページにつき三百七十五片、八百四十七ページで計三十一万七千六百二十五片の自律飛行切断兵器が紙ふぶきのようにあたりを満たし、不規則な速度とタイミングでゴッブに襲いかかった。

“こちらOGBF本部カミオ准将。ヨシア君、苦戦しているな”
「……はあ。にっちもさっちも」
“ううむ、そうか。ところでヨシア君、ミサイルはもう撃たなくてもいいんじゃないかね。今で三十八万五千八百三十三発だ。ということは占めて十二兆七千九百四十二億二千二百二十八万マドカだよ。君は気にしなくてかまわないがね。『リーサル単行本』は回収できるからいいのだが”
「その『リーサル単行本』の自律ブレード片も、大半が目標に手づかみで捕まって、束ねて綴じられて豆本にされてしまいました」
豆本といっても、《リーサルウェポン4》のスケールから見て、だがな。……そんなことはどうでもいいのだ、ヨシア君。『単行本』の回収が不可能なら、それでもかまわん。目標を殲滅しさえすればな”
「ということは、准将」
“うむ。アレを使いたまえ”
「アレってアレですか?」
“そのアレだ。アレを使えるのだ。私は君がうらやましいよ。私は最近つまり気味なのでね”
「准将、別に自分がすっきりするわけではありません」
“わかっておる。冗談だ。とにかくアレを使うのだ”
「了解」
 ヨシアは、ディスプレイに映されるゴッブの映像をにらんだ。
 そして「アレ」の作動スイッチを押した。
『リーサル一本糞』、カミオ准将が名づけた「アレ」の名称である。

 ミサイルと紙片での攻撃は中止。一万二千五百六十四本の圧縮レーザーで牽制を続ける。
《リーサルウェポン4》は全高300メートルの工場のようなその巨体で、膝を曲げ腰をががめ、空中でうずくまるような姿勢をとった。そして腰部後方やや下、足の付け根付近にある直径10メートルのハッチが開く。ハッチとほぼ同サイズの円柱がせり出して、いや、ひり出されてくる。ぶり、ぶり、ぶり、ぶり、ぶり……。
 70メートルひり出されたところでフン切れる。腰部ハッチから登場した直径10メートル、長さ70メートルの『リーサル一本糞』はそのまま自由落下。しかし数瞬後、『一本糞』が霧散。いや、無数の細かな球体に分裂した。球体は直径20センチほどの大きさの自律飛行ビームポッドである。透明な楕円形の羽が2対生えており、ぶぶぶぶうううううぅぅぅぅん、というハエが飛翔時に発する音に似た音を発し、動きはさながらハエ。その名もまさしく『銀蝿』だった。『一本糞』が霧散して現れた『銀蝿』は千二百三十一匹。その全てが、ゴッブが新たな一本糞であるかのように集い、千倍の羽音を立てながら飛び回る。直径20センチの『銀蝿』には大きな目がひとつ付いており、複眼の微細な網目模様がある。それは二千三百十七のレンズ。その全てから紫のビームをシャワーのようにばらまいた。
 超音速のゴッブの周りをほぼ同速度で飛び回る千二百三十一匹の『銀蝿』のそれぞれが放つ二千三百十七発の紫色のビームシャワー。占めて1セット二百八十五万二千二百二十七発、それを全『銀蝿』が連射。紫の嵐を巻き起こした。
 ゴッブの周囲はビームで埋め尽くされ、空と雲の見える隙間はほとんどない。ビームはさらに濃度を増し、渦巻く濃霧となり紫が藍に変わった。千二百三十一匹の『銀蝿』が包囲網を縮めていく。
 ビームを撃ちつくした『銀蝿』が、依然うずくまっている鉄巨人の腰部付近に帰還。もとの『一本糞』を形作っていく。千二百三十一匹全て集結。『リーサル一本糞』が《リーサルウェポン4》の腰部ハッチから収容された。
 藍色の濃霧が晴れた。ゴッブはいない。

「やったか!?」
《リーサルウェポン4》の目標捕捉レーダーからもゴッブの反応が消失していた。ついに仕留めたと、ヨシアは浮き足立った。
 が、すぐに反応が蘇る。
 次に位置を補足したとき、ゴッブは漆黒の鉄巨人の頭頂部に立っていた。《リーサルウェポン4》の全身に装備されたレーザーは本来、飛来するミサイルや戦闘機の迎撃用であり、頭頂部にまでは装備されていない。ゴッブの位置は死角だった。
 ゴッブは足を軽く開き、腰を落とした構えをとる。
 レーザーは届かないが、ミサイルなら攻撃可能である。鉄巨人は再び七百二十八門の発射口からミサイルを放ち、自らの頭部に集中させる。おそろしく分厚く頑強な巨大兵器の装甲は、自身の装備も含め現存するどんな兵器でも破壊できない。
 ゴッブは殺到するミサイルを気にする様子もなく、足元――《リーサルウェポン4》の頭部に、右の正拳を打ち下ろした。
 とんでもない大音響が大空を奔った。
 バゴシャァッ――という分厚い装甲板がひしゃげる音、ブリブチチィィッ――という特殊合金性筋繊維がちぎれる音、ガシャガガバババキィンッ――という機体に内蔵された駆動機関やアクチュエータ等精密部品が砕け散る音――
 それらが全て重なって空間そのものをナイフでぐしゃぐしゃに引き裂いたような、不協和音の大合唱が一瞬で巻き起こり、
 一瞬で霧散した。
 漆黒の鉄巨人は装甲板の破片をまき散らしながら、攻撃を停止した。ゴッブはもうそこにはおらず、拳を打ち込まれた頭部は、潰れて縦の大きさが4分の1になっていた。

「!?」
 ミグ=ヨシアにはわけが分からなかった。
 頭部にとてつもない威力の攻撃を受けたことはわかったが、300メートルもの巨体の全身の機関がところどころ損傷しているのはどういうことだ?
(まるで雷だ!)
 実際、自然現象としての雷では、この兵器に傷のひとつ、指の駆動の千分の1秒の遅れも生じさせることはできない。しかしこの一点の攻撃から全身をくまなく電気が走るように破壊が伝播する性質は、雷としか表現のしようがなかった。
 頭部は重要な機能を担っていたが、予備機能は全身に搭載されているので大きな問題はない。ただ全身に大小の故障が生じており、作戦の続行は不可能に思われた。
 ヨシアがコックピットに表示されたコンディション・ディスプレイを確認してそう判断したとき、通信が入った。
“こちらOGBF本部カミオ准将。ヨシア少佐、応答せよ”
「こちらミグ=ヨシア」
“ヨシア君、何が起こった?”
「カミオ准将、自分にもよくわかりません。目標は《リーサルウェポン4》に重大なダメージを与えた後、消失しました」
“ミサイルで仕留められなかったか?”
 最後の、自らの頭頂部へのミサイル攻撃。数百発分の爆発は確認した。その後目標は消失していたので、殲滅に成功したと考えることもできるが――
「いえ。これは自分の、勘……なのですが、奴は生きていると思います」
“……うむ、そうか。上本町出身でもないのに《リーサルウェポン4》のパイロットに抜てきされた君の勘がそう告げているのなら、そうかも知れん。私ももとよりそう簡単にいくとは思っておらんしな”
《リーサルウェポン4》はその時代の考え得る最強の武器、装甲、コンピュータを搭載し、予算無制限で開発された兵器である。つまり現代科学で実現可能な最強の兵器、普通なら机上の空論、軍事マニアの絵空事で終わる構想を、実際にやってしまったという、《リーサルウェポン4》とはそういう兵器で、その4世代目であった。
(「簡単に行くとは」だって? 冗談じゃない!)
 ヨシアがそう思うのも無理もなかった。
 それはつまり、人類が持つ最強のパワーである「軍事力」の完敗を意味している。
“ヨシア君、作戦は失敗だ。ただちに帰還せよ”
「了解。これより帰還します」
 事務的に応答するヨシアの胸の裡で、何かが燃え上っていた。怒り、悔しさ、無力感――。
(俺が信じた力は、こんな……!)
 ヨシアは通常巡航もままならない、ぼろぼろの最強決戦兵器をひきずって、帰途についた。