ひとってみんなアパート管理人じゃないですかあ

ひとの心にある部屋。

その部屋には常に誰かが入居している。

その部屋にいる人は移り変わる。

部屋には名前が付いている。

「友だち」、「兄弟」、「仲間」、「遊び相手」、

「支え」、「共感」、「よりどころ」、

「たちふさがる壁」、「邪魔者」、「天敵」

などなど。

子どものころはその全ての部屋には

家族や親せきが入居しているだろう。

しかし年月を経て人間関係が広がると、

そこに外の人間が入ってくる。

ご近所の友だちや

学校のクラスメイト、

会社の同僚とかだ。

たくさんある心の部屋は、

基本的に空室になることはない。

しかし

不慮の別離などによって急に

入居者がいなくなると、

補填が追いつかず、

心にすきまが出来て

喪失感や空虚感を覚える。

だから人の潜在意識のふるまいとして、

環境が変わって

人間関係が変わっても、

常に部屋には誰かが入る。

昔はたまたま入居者いたけど

今こんな部屋に誰が入るんだよ!?

っていう部屋でも

誰かは入る。

バイト先のカフェにとても怖いパートさんがいて、

年上の女性なんだけど、

一応ぼくより後輩で、

なのに、まったくこちらを敬う気持ちがない。

仕事はできるので、

仕方なくこちらから合わせているのだけど、

本来お客さんのことを考えながら

仕事しなきゃいけないのに、

その人のことも考えながら動かないといけないので、

なかなかうまくいかなくなるが、

だからといって自分のペースで動くと、

「なんでそこでそうするの?」となり、

いちいち説明するのも口ごたえみたいになるので、

とりあえず謝っておいて、

でもまあ普段はよく喋る明るい女性なのだけど、

気分屋でいつスイッチが切り替わるのか

わからないので常に警戒しつづけないといけなくて――

とか、とにかく、常にぼくはその人に対して

刺激しないようにということを一番に

考えながら行動しています。

で、最近気付いた。

このパートさんは

ぼくが小さいころから心の中にある、

「近所のこわい犬」部屋の

現在の入居者だわ。

いやでもこの部屋からは

冒険と達成感という家賃を得られるのだ。