ロケットパンチが撃てるだけ 第2話

 俺の特技はロケットパンチ

 ロケットパンチは男の子の憧れ、正義の象徴である。

が――

 ときどき俺の意思と関係なく、勝手に正義を執行するので困る。 

「殺し屋サン、あたしをウッテ」

 ショートカットの女が無感情に言う。

「マッテロ。今らくにシテやる――」

 俺も無感情に言う。

「カット!! だめ! もっと感情込めてよね!」

 金髪の女が叫んだ。

 俺たちは今、大学の課題で映画撮影をしていた。

「演技もそうだけど、画的に地味なのよねえ」と、金髪の女――監督のケイト。

「仕方ないよ」と優しく諭すのはカメラマンの笠原。「おれたち演技はやったことないしさ」

 その通りだった。俺たちは映像を作る側の勉強をしているのだから。

 しかし撮影に関わる一連の役割を理解する必要があるので、俳優もやらなければならない。

「ケイちゃんごめんね、次がんばるから」とショートカットの女――史恵さん。

「だけどもうこんな時間だよ」笠原が腕時計を見る。

「ほんとだ! バスが無くなっちゃう! 今日は解散よ」ケイトが言って、俺たちは機材を撤収した。

 機材――といってもハイビジョンビデオカメラと三脚だけだが――は大学から貸し出されたもので、借りている間は生徒が保管する。家が近いという理由で史恵さんが保管することになったのだが――

「持てる?」

 校門前のバス停まで俺が運んだが、相当重たい。精密機械なので収納ケースが堅牢なのだ。

「大丈夫……だと思う」

「良かったら、家まで俺が持つよ」

 と言った。本当に重いのだ。

「そんな、わるいよ」

「でも」

「いいよいいよ。ゆっくり運ぶから」

「いや、途中で持ちあがらなくなるから」

「大丈夫だって。それにどうせ明日ひとりで学校まで持って行かないといけないし。練習練習」

「そ、そう? じゃあ……」

 ようやく引き下がる俺。

 バスを降りてから、ケースを史恵さんに渡した。

「じゃあ、また明日」

「うん、ありがとうね」

 俺は史恵さんと別れてからメールを送った。

  明日、重くて運べない><ってなったら、

  手伝うんでメールください^^b

 翌朝早起きして待ったが、メールは来なかった。

 まあ、課題ではじめて話した間柄だったので、家まで来られるのも気を使うだろう。

 映画撮影の続き。

 その途中、

「あれ? 結露かな。画がくもってるや」

 笠原が言う。

「どれ、見せて」ケイトがカメラを覗き込む。「あちゃあ、レンズの内側が曇っちゃってるね。って、ヒビ入ってんじゃん!」

「そこから空気が入ったのか……」と笠原。「どうする? 撮影できないし、レンタル中だから弁償だよ?」

 言いながら、鞄からペットボトル飲料を取り出して飲んでいる。

「仕方ないわね。皆で弁償して別のカメラ借りましょ」

「…………」史恵さんは不安げに目を泳がせていた。

「これってさあ、保管してた人の責任じゃないのかなあ」言って、笠原は史恵さんを見る。

「あ、あの……あたしが弁償するから……皆ごめんね」

「何言ってんのよ史恵。笠原もそんな言い方ないでしょ!」

「ケイちゃんいいよ。あたし、運ぶとき、重くて何回も地面に置いたりしたから、多分そのときに……」

「もっと丁寧に運ばないとダメだったね」

 笠原がやな感じを出す。

「ちょっとアンタねえ!」

 険悪な空気。

 俺は耐えかねて、

「まあまあ。皆で弁償しようぜ笠原」と割って入った。で、「ロケェーーーーット!!パァーーーーンチ!!!!」

 俺がいきなり叫んだ。

 どしゅっ――

 いつの間にか掲げていた俺の左手が飛んて、笠原の顔面にヒットした。

 びょんっ――

 腕と繋がったゴムバンドの反動で飛んだ左手が帰ってくる。空中でぱしっとキャッチして元の位置に納めた。

「何すんだこの野郎!」

 鼻血を流す笠原。

「うるせえ!」

 引っ込みがつかなくなってとりあえず怒鳴る俺。

「お前、あれだろ、なんだその――そのペットボトル! それをうっかりカメラにこぼして、あわてて拭いてるときにカメラを落っことしたとかなんかそういうアレだろう!」

 思いつきで適当に言う。

「……ごめん」

 笠原がしゅんとした。

「わかればいい」俺にはわからん。

「なにそれ!? あんた、自分がやったこと史恵に押し付けようとしたの?」

 軽蔑の目をするケイト。

「おれひとりで弁償するよ……」

「当たり前よ!」

 興奮するケイトに史恵さんは、

「……ケイちゃん、許してあげて」と言った。それから笠原に、「あたしも一緒に弁償するから」

「まあ、史恵がそう言うんなら、アタシも払うわよ」

 とケイト。

「ほんとにごめん。悪かった」笠原は本当に反省しているようだ。

「まあ、それはそれとして……」ケイトがにやりと笑って俺を見た。「なに今のギミック!?」

 その後、ケイト監督は脚本を変更。悲しきヒットマンものから、勧善懲悪のヒーローものになった。

 カメラのレンズに関しては、もともと古くなっていたということでお咎め無しだった。

 翌朝、史恵さんからメールが届いた。

  おはよう *^_^*

  お言葉に甘えさせてもらいます^^;

  荷物運ぶの手つだってください☆

 

 どうやら少し距離が縮まったようだった。

 俺はすぐに返信した。

  昨日つき指したから無理です><

 正義の象徴たる意思持つロケットパンチ。しかし俺の都合を無視するのはやっぱり困る。