シューターの憂鬱 大庭サキ編 第1話

 郊外にオープンした大型ショッピングモール――「クレスト」。

 そこへ行けば全てが揃う、全ての娯楽がそこにある。

 住民達の夢の国。

 行きとどいたサービスと選りすぐりの専門店で、住人たちにスマートなライフスタイルを提案。仕事に家庭に、趣味に遊び。皆の生き方を一層輝かせる。

 それがクレストの“設計思想”だった。

 しかし、クレストの客を見る大庭サキの視線は冷え切っていた。

(サービスの温室に耽溺しきって、モラルや知性を忘れた醜悪な肉ども……)

 彼女はクレストの専門店のひとつ、レストラン「手捏ね食堂 赤い屋根」の厨房で働く学生だった。

 この店の売りは、特殊な餌と酒をあたえ自由に放牧して育てた“温室肉”と呼ばれる国産牛肉を使用した手捏ねハンバーグだ。

 オーダーを受けるとサキは、冷蔵庫から温室肉のミンチを取り出し、捏ね、丸く成形する。

(同じ温室で放牧された肉なのに、こっちの肉はひとの役に立ってる)

 温室肉を調理し、それが極上の料理になっていく様を眺めながら、思う。

 厨房の小窓から客の様子が見える。

 大きな声で騒ぐ女性客、持ち込んだお菓子を堂々と食べる親子連れ、女性スタッフを指差しにやにやする男性客。

(そうか、“あいつら”はとっくに賞味期限が切れてるものね)

「赤い屋根」では、ミンチも店で作る。サキは、部分肉をフードプロセッサーにかけたときの血と脂の匂いが好きだった。

 小窓の向こうの客たち。利己心の塊、放し飼いの肉牛。

 彼らの血と脂の匂いを嗅ぎたい。そんな衝動に駆られる。

 食肉として牧場で育てられているのに、料理されるのを拒み続ける“あいつら”を“温室肉”に投影する。

“あいつら”はフードプロセッサーを通り、細切れになって、その身体はサキの手によってハンバーグになる。

 夕方、仕事を終えたサキは、クレストのアミューズメントフロア「ファンタジーガーデン」に赴く。いわゆるゲームセンターだ。

 プリクラに群がる女子高生、カードゲームに興じる小学生、メダルゲームに没頭するご年配。

 それらのエリアを抜けて進むと、フロアの奥に一台のSTG(シューティングゲーム)筐体がある。

 クレストの、サキが唯一好きになれる点は、ここにグラナイト社製の縦スクロールSTG「マッスル☆みんち」があることだった。

「マッスル☆みんち」はその名に反して骨太なSTGだった。

 明らかにここの客層に合っていない。おそらく経営者の趣味で設置されたものだろう。

 大手ショッピングモールにこれを置こうという猛者がいる。サキにはそれが愉快だった。

 コインを投入して、ゲームスタート。

 自機は背中にロケットを背負った少女。身長ほどもあるキャノンを抱えて飛翔する。

 牧歌的な丘陵地帯を背景に、襲いかかってくるのは、踊る牛や転がる豚、武装した鶏。それらをキャノンでせん滅していく。画面にはド派手に血しぶきが舞い、パワーアップアイテムや、スコアアイテムである“肉片”が飛び散る。

 いくつかあるメインウェポンの中でサキが最も好むのは近接型のチェーンソウだった。

 接近による被弾のリスクと引き換えに、攻撃力は最も高い。しかしサキがその武器を選ぶのは、敵を撃破したときの血しぶき演出が一番派手だからである。(開発者インタビューによると、血しぶきに見えるのは、血ではなく赤い爆発である)

 サキはアイテム取得によってSTAGE-1の半ばで武器をチェーンソウに持ち替えると、それまでの淡々としたプレイが一変、血に飢えた獣のように敵に襲いかかっていった。飛翔する少女は洪水のような返り血を浴び続る。

 画面上方かぶりつきの極端な攻めのプレイ。

 そして上空から大地に降り立ったのは、はちきれんばかりの筋肉の鎧をまとった巨大鶏、STAGE-1のボス“コケコ・ティップネス”だった。

 難易度は序の口であるが、倒し方によって獲得できるスコアが大幅に変わるため気は抜けない。

 サキはやはり獣のような獰猛さで、ボスに近接攻撃を加える。0距離で敵弾を避けながら。

 サキはボスの弱点である頭部を狙わなかった。まずは左腕を狙う。チェーンソウを当てると筋肉鶏の白い羽根が舞い、追って吹き出した血しぶきがそれを赤く染める。肉が削げていき、左腕の骨が露出した。同じようにして右腕も骨まで抉る。次に脇腹、胸、肩、首、そして頭部。

 コケコ・ティップネスの姿は、登場時とは見る影もなくなっていた。

 そこに居るのは、わずかに血肉の絡みついた鳥の骸骨だった。

 もう何も見ることのできない空洞の眼窩から断続的に吐き出される弾が、涙のようであった。

 サキはそうして、各部位を完全には破壊せず、均等に残したのだ。

 そして――

『マッスル・ボンバー!』

 スピーカーから可愛らしい少女のボイス・エフェクトが鳴り響き、自機である少女が爆弾を放った。

 閃光、そして熱風――

 コケコ・ティップネスの全身に少しずつ残っていた肉片が吹き飛び、次いで骨も塵となった。

 STAGE-1、クリア。

 ボスの全部位同時破壊によるスペシャルボーナスを取得。

 サキはステージリザルトを更新した。

 大庭サキ――彼女のSTGのプレイスタイルは「カット・アンド・ミンス(解体してすり潰す)」と呼ばれる。